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ハッピーエンド ~ 今、この気持ちを伝えに… ~


ハッピーエンドⅠ(9/9)
ハッピーエンドⅡ(9/10)
ハッピーエンドⅢ(9/13)
ハッピーエンドⅣ(9/17)
ハッピーエンドⅤ(9/25)
ハッピーエンドⅥ(10/02)
ハッピーエンドⅦ(10/17)
ハッピーエンドⅧ(10/27)
ハッピーエンドⅨ(11/22)
ハッピーエンドⅩ(11/25)


今、この気持ちを伝えに…

────────── Start.....

ハッピーエンド。私が愛読するこの小説には、読者に終わり方を推測させるよう物語を締めている。諸説ある終わり方の中、私はこう思っている。自分の正義を貫くために、いくつもの罪を犯しきていた主人公は、自分の過ちに気づき、最終的に自殺した。それが真の結末だと思っている。主人公と自分が似ているから、自分ならそうしてしまうだろうと、勝手な想像を膨らませている。空想の人物と自分を重ねてしまうなど、滑稽の極みではあるとは思うが、どうしても私にはこの主人公の考えることに、親近感を覚えてならなかったのだ。それに作者である谷村亮太。彼は小説家としてたったこの一冊を出して、首を吊って死んでしまったのだ。ハッピーエンドの主人公と同じ末路を辿ったと思われても仕方ない部分があり、様々な場所でファンにより論議が行われているそうだ。
「お母さん、話があるの。ちょっと時間もらっていい」
まともに話しかけたのは、もういつぶりだろうか。母もびっくりした様子で頷いてくれた。私は少ない有り金を使って、適当なカフェへと母と二人、腰を落ち着かせた。いつも通っている九首見さんのカフェは、私にとって最後の居場所なので、家族を連れて行こうという気にはならなかった。二人とも適当にコーヒーとお茶請けを頼む。それ以外の言葉は存在しなかった。私とどう接していいかわからないのだろう。かく言う私も、ここまで来ておいて、切り出すのが億劫になっていた。気まずい空気だけが流れ、コーヒーとお茶請けもきてしまった。
「…ホント、駄目な家族ね」
やっと言葉を出せたと思えば、こんな暗い発言をしてしまう。どうやら私は、自分で思っている以上に、家族のことを嫌っているらしい。
「呼び出しておいて、何も言えない私。姉の世話ばかりする母。酒乱の父。口ばっかりの姉…。正直いい思い出なんて、思い出すのに時間がかかる程だよ。…今日お母さんと話をしようと思ったのは、私がこの家族について、学校について、これからについて、どう思ってるか聞いてもらうため。今まであまりにも話してこなかったから、それくらいは私も親に話す権利はあると思うし、私なりの家族へのけじめでもあるから…」
私の話をなんとも言えない表情でただただ聞く母。うっすら、瞳を濡らしているようにも見える…。
「まず学校の話からしようか。私に始めての親友ができました」
そう話を切り出して、私が今までどんな学校生活を送ってきたか、今どんなに友人の存在に助けられているかを話した。妙な気持ちだった。今までこんなこと、彼くらいにしか話したことがない。話をできるというのは、やはり嬉しいものなようで、それと同時に、嫌いな家族に自分を曝け出しているということに嫌悪感を抱いた。嬉しさと苛立ちがせめぎ合い、私を葛藤させる。そして家族について話そうと思った時、母は泣いていた。静かに泣いていた。涙を零して、私の話を聞いていた。謝りながら話の続きを催促した。
「…どうしたの?」
「…ごめんね。お母さん舞波のこと、何も知らなくて…。ずっと一人だったんだよね…いつも。ごめんね」
謝らないでほしい。そんな母親の姿なんて見たくないし、謝ってどうにかなる問題でもないでしょ。“今更”謝って、あなたに何ができるの?…私は知らぬ間にキレていた。
「いいよ。別に今は一人じゃないし。私ね、自分でも思った以上に家族のこと嫌いだから。同情なんてしないよ」
冷たく切り離す。母との情を、切り話す。
「お父さんにもお母さんにも、こうやって高校に行かせてもらって、親友と巡り合わせてくれたからその分の感謝はしてる。だからこれからは気を遣っていこうと思うの。お母さんの言うことにちゃんと返事もするし、こっちからも話しかけることもあると思う。一応お父さんにも、あの姉にもそうするつもり。…何がしたいかって言うと、異常な家庭から普通の家庭に戻すよう努力するってこと。…私に、信じて努力すれば、叶う願いもあるって、友達に教わったから。家族のことも信じてみるよ」
母はただ、声を殺して泣いていた。つらいだろう。母親として。情けないだろう。母親として。愛してくれているんだろう。私のことを。それを私は未だ、許せていない。鼻をすすって母はようやく言葉を口にした。
「…わかったわ舞波。私も家族がもっと仲良く暮らせるよう努力するから。…だから、だからありがとう舞波。本当にありがとう、舞波」
複雑な気分とは正にこのことを言うのだろう。十年振り…いや、もっと前からか。久々に、私の名前を呼んでもらった気がする。実際何度も呼ばれていたけれど、事務的なもので、私を見ていてはくれなかった。皮肉だ…。
「私も、久々にお母さんと二人で話せて良かったわ。いつも“美波”ばっかりと話していたから」
「…ごめんなさい」
「わかるわよ。彼女が軽度のアスペルガー症候群だって。本を読んで詳しく知ったわ。だから小さい頃から美波の世話の方に比重がいったのよね。それに加え私はあまり行動を起こすタイプではなかったから、言いたいことがあってもうまく伝えられなかったもの。ならこうなって仕方ないわよ。だから私は諦めた。…聞いててつらいかも知れないけど、ちゃんと受けれ入れてね。それが、私の本心だから」
私のトゲトゲしい発言は止まらなかった。制御できていないこの感情を、このまま放置していいのだろうか。
「大丈夫よ舞波…私ももう逃げないから。」
目を赤くしながらも、母の表情は覚悟を決めたような、険しさがあった。
「…そう。なら率直に言うわ。美波はまだ働けないの?」
愚問だった。なぜなら母は黙ってしまったからだ。はぁ…先が思いやられる。
「いいわ。働かないなら働かないで構わない。私の知ったことじゃないし」
私は吐き捨てるように言って、席を立った。
「ま、舞波!」
母も慌てて立ち上がり、私を止めようとした。
「いいわ。人間なんてすぐには変われないもの。少しずつね…お互い頑張っていきましょう」
私はこの場を去った。苦しい。こんなにも、向き合うことがつらいなんて。苦しい…胸が痛い。誰か、私の脆さを、支えて。
「はろー、舞波!」
受話器から聞こえる蓮ちゃんの声は、相変わらず、明るく、温かく、いたずらっぽくって、優しかった。彼女からの連絡があまりにタイミングが良すぎて、今この瞬間だけ神様を信じてしまいそうだ。
「今暇してる?部活が早めに切りあがっちゃってさ」
鬱陶しい涙を拭って、笑いながら答えた。
「うんっ、遊ぼ!どこで待ち合わせする?」
「んー、そうだなあ。ここでいいかな」
受話器から聞こえる声と、後ろから聞こえる声が重なった。
「はろー、舞波。少しは頼ってくれてもいいんだぜ」
そう明るく言う蓮ちゃん。そう見透かしたように言う蓮ちゃん。私の、ただ一人の、親友。でも、私の性分が素直にさせてはくれなかった。蓮ちゃんからそっぽを向き、涙をゴシゴシと拭った。
「あ、遊びに行きたいなっ…」
蓮ちゃんは後ろから、私の頭をぽんっと手を乗せ
「しょーがない、付き合ってやろう」
と優しく言ってくれた。それから私達は、ゲームセンターへ行ったり、他の友人を集めてカラオケへ行ったりと、色んなことをして遊んだ。どんどんと人数が増えていき、私はまさかという人物と再会した。
「あ!」
「あ!」
二人とも目が合った瞬間、声に出した。
「紹介するね舞波。私と同い年の従兄弟…って何?二人とももう知り合い?」
お互い気まずそうな顔で見詰め合う。それを蓮ちゃんは察して、ちゃっちゃかと次の遊びへと進めた。私はお手洗いに行き、気を遣って蓮ちゃんもそれについてくる。
「あの子となんかあったん?」
手を洗いながら聞いてくる。
「いや、前に言ってた、バイト先で私を指差してくる男の子っていたじゃん?その子なんだけど…」
「えっ?!まじっ!?」
蓮ちゃん声でかいよー。私は思わず苦笑いする。


あれから数日、私は苛立ちを我慢しながらも、積極的に家族と話すようになった。と言っても、別に楽しそうに話をしているわけではない。あくまで素だ。それでも、きっと何かは変わると私は信じている。今すぐにでなくとも、いつかきっと。冬も越え、段々と暖かくなり、春らしさが出てきた。久々という訳でもないけど、毎日必ず通っていたあのカフェへは、足を運ぶ回数が少なくなっていた。だからなんだか久々な気分に、春の匂いをまとわせて、カフェへと向かった。
「あら、あんたまだあんなとこ行っているの?いい加減よした方がいいわよ。これからどんどん暖かくなって、変なのが湧く時期なんだから」
カフェへ入ろうとした時、いつぞやのおばさんから声をかけられた。言い返すのもアホらしいとも思ったのだが、反射的に言葉を発してしまっていた。
「あのね、確かに前の店は女性定員だけ雇って、なんかやっていたみたいですが、今はそんなことないじゃないですか」
「そりゃ見ればわかるわよー。でも別の問題があるでしょ?ああいう場所が、不良の溜まり場になりやすいんだから」
…え?不良の溜まり場?全然そんなふうには見えないけど。このおばさん何か偏見を持っているじゃないの。
「とにかく、そんなに悪く言われる筋合いはないです」
私は言い捨て、カフェへと入っていった。そして私は改装でもしたのかという程の模様替えがされた店内に驚き、えっ?と声を出した。
椅子やテーブルは殆ど片付けられ、拾いスペース一面に様々なアンティークが置かれている。壁にはいっぱいの絵画が飾られ、それらの中心に、テーブルが一つと、椅子が二つ。
「いらっしゃいませ。春原舞波様」
カウンターの奥から出てくる九首見さん。なんでこんな事になっているのか皆目見当もつかない。
「あのっ何か準備中でしたか?」
「いえ、準備はもう整っております。お待ちしておりました。さ、どうぞこちらに」
一層優しい口調で言う九首見さんに、私は違和感を覚える。戸惑いながらも私は二つしかない椅子に座った。九首見さんはカウンターでコーヒーを作りながら話し始める。
「もうここ最近で、だいぶ暖かくなってきましたね」
私はどぎまぎしながら返事をする。それに対し九首見さんは笑いながら返した。
「そんなに怪しまなくても大丈夫ですよ。ちょっとしたサプライズです。実は、ここももう閉店する事になりましてね」
私は驚き立ち上がった。
「え…本当ですか?」
「…ええ。本当です。ここも意味がなくなった、というより、目的を果たせたので、もうお役御免なんですよ」
「経営的に…ってことですか?」
ふふっと笑みを零す九首見さんの顔は、どこかしら寂しそうに感じた。
「さあ、このお店最高級のコーヒーと、私自慢のミニパフェです」
九首見さんはトレンチから、すごくいい香りが立ったコーヒー二つと、高級感溢れる縦長のミニサイズパフェをテーブルに置いた。
「最後に、ここをずっと通ってくださった春原さんに、サプライズです」
嬉しさと寂しさが込み上げる。泣いてはいけない。泣いてはいけない…。
「ありがとうございます…九首見さん。すっごく嬉しいですっ」
滲んでしまう目を、指で拭う私と、向かいに座って、ただただ微笑んでくれる九首見さん。私は涙を切るため、話題を探した。そして一つ、私がここに来た理由を思い出す。今、この気持ちを伝えに…。
「あのっ、九首見さん。ありがとうございます。この間の友人の件。なんとか上手く解決できました。九首見さんのおかげです」
「いえいえ、私は助言したに過ぎません。実際にやりきったのは、春原さんですよ」
「それでも、そうだとしても九首見さんのおかげです。九首見さんが助言してくれなかったら、私は親友を捨てていたかもしれません。…今になってわかるんです。それは、かけがえのない大切を失うことなんだって」
九首見さんは優しく微笑んで、コーヒーを一口味わった。
「とてもいい人と、巡り合えたようですね」
「私にとって、九首見さんもすごくいい人ですから!」
赤面覚悟で突撃した私は、控えめに言おうとしたのに、身を乗り出し声を張ってしまい、文字通り突撃した気分になった。クスッと笑う九首見さん。はっ恥ずかしいなんて情けないことは言わない…けど…やっぱり恥ずかしい…。
「それに、あの時…九首見さんがアドバイスをくれた時、見捨てるという発言をしたのも、私がその道を選んだ場合少しでも支えになろうとしてくれたんじゃないかって思うんです」
九首見さんは黙ってコーヒーを飲んでいるだけだった。ぼーっと時間が過ぎると、今度は九首見さんから新たな話題を出てきた。この状況が、新しくなかったと言う、信じられない話題が。
「しかし、久しぶりですね。こうやって二人でコーヒーを飲むのも」
「そうですね。九首見さんに誘われたのももう1ヶ月以上前ですもんね」
「いいえ。私はね、ここのカフェで春原さんとお茶をしているんですよ」
一瞬時が止まった。覚えが全くない…。私の記憶違い?いやそんな馬鹿な話があるわけない。九首見さん吹くように笑い出す。
「すみません。混乱させてしまいましたね。別にからかうつもりはないですがね。それでも、これからもっと、春原さんを混乱させてしまうかも知れません」
九首見さんの言っている意味がまるでわからず、私の頭上には?マークが沢山出ていただろう。
「…すみません。どういうことですか?」
カチャリとコーヒーをソーサーに置く音が流れる。まるで、鳴った瞬間に別世界に踏み込んだかのように。
「今この格好じゃ、気づかれないのも無理はない。実際気づかれないよう気をつけてはいたしな」
九首見さんの口調は急に雑なものになり、別人のように声が低くなった。そして言いながら、九首見さんは綺麗な栗色をした髪を、取った。私は唖然として声が出ない。髪は黒の見たことある髪型になり、目つきは懐かしさをも感じる、人を小馬鹿にするようなものになっていた。そうだこの人は…。
「久しぶりだな」
そうニヒルに笑う彼に、私は頬引っぱたいていた。
「なんで…こんな回りくどい事…」
声は震え、涙腺が一気に緩む。方頬を赤くしながらも彼は目つきが悪いまま優しく微笑んだ。私が一度も見たことのない微笑。彼は彼であり、九首見さんがよく見せる優しい笑顔も、きっと彼なのだ。
「そういえば、お前には一度も自己紹介をしていなかったな」
彼は立ち上がり、空になったコーヒーを注ぎにカウンターへと足を運ぶ。
「俺の名前は九首見亮太。だが九首見というのは旧姓でな。本当は谷村亮太…それが今の名前だ」
え…。谷村亮太。ハッピーエンドの作者。彼は首を吊って自殺した。同姓同名。思考がパンクするような気分に襲われる。彼は淹れたコーヒーを持って再び座る。
「俺がハッピーエンドの作者であり、主人公そのものだ。金と企業の事にしか関心を示さない父親に、俺は反発した。だがどいつもこいつも父親に酷い目に遭っているのに、奴の味方ばかりして、反抗し続けた俺の居場所は無くなった。外に行けば居場所が見つかるかと言ったらそう簡単なものでもない。それはお前も嫌というほど知ってきただろう?ムカつくことに俺は家柄がいいせいで、俺に近寄ってくる奴は下衆ばかり。父親を褒めてくる奴は金と権力目当て、父親に恨みを持っている奴は八つ当たり。周りの奴らを信じれば馬鹿を見ると察せられたのは随分早かったよ。だがどこまで行っても父親に振り回されてばかりだった。だから俺が居場所を作るには、俺がルールとなり支配できる場所が必要だった。つまり脅迫的独裁。いじめる側のグループの在り方。言うこと聞かなければ酷い目に遭わせるぞ。そういうことしてようやく俺は自分の居場所を作れた。だがそんなものは父親の力の前では折り紙で作った家のようなものでな、簡単に壊されてしまった。だから父親を社会的に殺さなければならない。そうでないと自分は生き残れない。そういうとこまできちまった。俺は俺の居場所を作るために、そして父親の悪質な企業の餌食になった人達を救うために、色々な事をやった。結果、俺のやっていることは父親となんら変わりない、外道だった。絶望したよ。俺が父親の企業と戦うためにやってきたことは、父親と同じく誰かを不幸にさせていた。中には風俗カフェを作ったこともある。店内では店員として働かせ、客が気に入った店員がいれば持ち帰りさせて金をふんだくる。店員のプライベートな小遣い稼ぎはカフェ側には関係ない。無論店員が稼いだ金を、自分の働いている会社に出資しようが、あくまでプライベート。俺とお前がよくすごしていたカフェは、そういうところだったんだ。まああの時はもうそのカフェをそういう目的で稼動させるつもりもなかったがな。父親を失脚させたところで、自分の犯した罪は変わらない。もはや罪なんてものさえどうでもいい。何をしても意味がない。誰が不幸になろうと、幸せになろうと、全て他人事。今更居場所を作ったって、そこで何かしようとも思わない。生きている意味が無い。だから死ぬ前に一つだけ、自分の軌跡を残そうと思った。お前が愛読してくれたハッピーエンド。あれはお前がまだ小学生だった頃、このカフェで作ってたんだぜ。お前と話しながらな」
やるせなさが込み上げる。いいよ、そんなのどうでもいい。今更彼のことを知ってどうなるの?ねえ。
「あなたは…生きてるの?」
彼は言葉を詰まらせた。目を伏せ、時間を作るようにコーヒーを飲んだ。
「谷村亮太は、首を吊って死んだ。それはお前も知っているだろう」
じゃあ…やっぱり「あなたは…死んでいるんですね」
「お前が働いていたバイト先の子には悪いことをしたな。あの子は霊感が強い。俺がずっとお前の傍で見守っていたら指を指されてな」
ふふっと笑い出す彼。私は笑えない。彼がずっと私と一緒にいてくれた事。それが…嬉しくて、つらいよ。私は涙を堪えたまま、彼は話を続ける。
「実感無いかも知れないが、俺は結構お前のこと助けてるんだぜ。狸に化けて夜道を怖がるお前を先導してやったりな。まあ一番肝を冷やしたのは、お前がバスに引かれるところだ。お前を連れて逃げるのは大変だったんだぞ。しかも運悪いことに空中に浮かせて引っ張っているところを、例の霊感強い子に見られるしな。色々焦ったぜ」
いつか屋上で感じたあの懐かしさも、雪を被った木の上で私を見ていたカラスも。きっと彼だったんだ。だからあんなに心のどこかで引っかかっていたんだ。
「じゃあ、こうして今、ここであなたと話せているのも、この光景も、全部幻なんですか」
「そうだな。ここは本来廃屋になっている。今こうして普通の店に見えているのは幻だ。だが飾ってある絵やアンティークは全て本物。もちろんコーヒーもパフェも。全て俺の私物を持ってきた。俺が唯一心を許したお前に、俺の一番の宝物をあげたかったんだ。死んでから思っても遅いんだが、逆を言えば死んで尚、お前のことだけが気にかかった。見守りながらずっと考えていた。お前にやれる最高の宝物。美味いコーヒーとお茶請けを添えた、居場所。それがお前にやれる精一杯だった」
私は、彼に抱きついていた。もう涙で何も見えない。彼の体温の無い温もりを、私はずっと感じていたい。傍にいて。これからも、私にコーヒーを作って。また一緒に話をして。…大好きなんだよ。
「せっかくいい女になったのに、泣いてちゃ台無しだぜ」
頭を撫でる彼。離せない。話せない。気持ちが、思いが、声にならない。私は元来口下手なんだ。それくらい知ってるよね。だから離さないよ…絶対。
「わかっているさ、お前が口下手なのくらい。クールに見せかけて、高まるとすぐに何も言えなくなっちまう。どっかの馬鹿みたいに、不器用な奴だ」
その寂しさを含んだ優しい物言いが嫌いだ。そんな声で話しかけないで。今にも消えそうなこと言わないで。自分でも信じられないほど、私は抱きしめる力を強めていた。自分の腕が痛くなるほど。
「そういうの、わがままって言うんだぜ」
彼は私の考えを見透かしたように、言葉を口にする。悔しくて、正論なのが腹立って。それが私と彼との絆。
「でもな。お前は俺とは違う道を選べた。人を信頼する…。それができなきゃ人間は終わりだ。家族と対立せず、向き合おうと頑張っている。そしてつらい時には支えてくれる人がいる。それは、本当のハッピーエンドだと思わないか」
私は、まだ甘えていたい。あなたに。ずっと会いたかった。私、こんなに頑張ったよ?ねえ。
「知ってるさ。ずっと傍で見てきたんだぞ。だから今、こんなにいっぱいご褒美をやってるじゃないか」
嫌だよ。いなくならないで。もっと頭を撫でて。私を抱きしめて。
「もうそろそろ、大人にならなきゃな。お子様卒業だ」
彼の体が透け始める。焦る感情を抱えたまま、私はどんどん冷静になっていく。私は彼を、大好きな彼を、大切に見送りたい。
「お、偉い偉い」
急に泣き止もうと、必死に涙を堪え、彼を見つめる。心のどこかではわかっていた。駄々をこねていたって、彼はもう。
「もう、傘がほしいからって変な男に絡まれるなよ」
「大丈夫だよ。雨が降ってる時は、傘を差してくれる友達がいるから」
「なら…安心だ」
私は、彼と、刹那に、キスをした。

あれからあのカフェは、ただの廃屋となっていた。あのおばさんに会った時、とても気まずくなりそうだ。彼の大切な品々、コーヒーを始めとした飾り物は、彼が自殺する前に全て火葬したそうだ。大切なものを抱えて、彼は旅立ったのだ。前に働いていたバイト先での同僚の子、蓮ちゃんの親戚でもある霊感の強かったあの子にも、彼のことをなんとなく伝えた。どぎまぎした関係だったけど、今では普通に話をするようになった。私の中で引っかかっていたものが全て、落ちるべき所に落ちた気がした。そして今日は、彼と約束した日。ハッピーエンドの映画を見に行こうというデートの約束。チケットを二枚買った私は、空席の隣に座るのだ。原作通り、曖昧な終わり方をした映画の内容に、様々な声が聞こえたが、この中で唯一、私だけが本当の結末を知っていた。どうしようもなかった結末の先にある、彼の本当のハッピーエンドを。
「それをお前が言うかね」
「私とデートできるんだから幸せでしょ?…でもそうね、嬉しいのは私もだから、これはあなたと私の」
ハッピーエンド



ハッピーエンド(詩)(9/9)

コメント

No title

待ってました!ついにハッピーエンド真エンドですね!

今回の話は「え!?こういうことだったん!?」と何度も思ってしまいました。
九首見さんが彼であり、同時にハッピーエンドの作者だったとは…!しかも亡くなっていたんですね。
思わずハッピーエンド1話から読み直してしまいました。
「あぁ!ここはこういう意味だったんだ!」というシーンがいくつも出てきて、最期に繋がって…感動しました。

舞波が彼を見送るシーンも、切ないですね。
舞波の彼への溢れる想いが伝わってきて、読んでいて胸が詰まりました。

本当のラスト、ハッピーエンドには救われました。
彼が亡くなっていたことはショックだけど、舞波にとっても、彼にとっても、幸せなラストだったと思います。

人を信じること、支えてくれる人の大切さなど、いろいろ考えさせられました。

本当にこんな素敵な物語をありがとうございます!
登場人物もみんな魅力的で大好きな作品です!

Re: No title

最後の最後までご愛読して頂き、本当にありがとうございました!
趣味で作ったものに、ここまで評価していただき、本当嬉しいです。

最初からちょいちょいと複線を出していた甲斐がありましたね。
ハッピーエンドⅩでは、最後にカラスに化けた九首見が、沢山の友達に囲まれてる舞波を目にして、涙をするというシーン。
そこからの「今、この気持ちを伝えに」というのは舞波だけでなく、九首見の思いでもあるんですよね。

自分自身、人を信じると言うことが愚かだという九首見派の考えであり、それでも人を信じなくては前に進めないという現実がある。
それを誰かに伝えたい、誰かにそうあってほしいという願いから、この作品は生まれたのだと思います。
自分にとっても希望の作品であり、また人間関係はこうあってほしいという願いでもあります。

今作のテーマは「信じることの難しさと貴さ」でした。
てんすけさんにも伝わっていて本当嬉しい限りです。

最後の最後まで感想を書いていただき本当に感謝感激です!
ありがとうございました!

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